2017年05月22日

ある輝かしい神の


迷路じみた通路があるやもしれぬため、ドイツ人の良識がこれをおしとどめた。したがってU29の弱まりゆく探照灯の光をつけ、その助けでもって神殿の階段を登りalmo nature 狗糧、外部にほどこされている彫刻を調べえただけにとどまる。上向きに放たれる光が戸口のなかにさしいり、何か目にはいるものはないかと覗《のぞ》きこんではみたが、むなしい行為ではあった。天井すら見ることはかなわず、床がしっかりしていることを確かめた後、一、二歩踏みこんではみたが、それ以上入りこむことまではしなかった。さらにいえば、吾輩は生まれてはじめて恐怖の感情をおぼえたのである。神殿に徐々に引き寄せられるにつれ、この海底の深淵に得体の知れぬつのりゆく恐怖をおぼえたため、哀れなクレンツェがいかなる情緒におちいっていたか、そのいくばくかがわかりはじめた。吾輩は艦にもどると、灯を消し、闇のなかに坐りこんで思いにふけった。電力はもはや危急の事態に備えて極力節約しなければならなかった。
 十八日の土曜日はまったき闇のなかですごし、わがドイツ人の意志をうちくだかんとする、さまざまな思いや記憶に苦しめられた。忌《いま》わしいまでに遙けき過去の、この不気味な名残に達することもなく、クレンツェは発狂して死んでしまったが、ともに行こうと吾輩に勧めていたのである。ならば何人も夢に見たことすらない、実に恐ろしく想像もつかぬ最期へと、吾輩を否応《いやおう》なく引き寄せるためにだけ、運命の女神は吾輩に理性を保たさせているのではあるまいか。明らかに吾輩の神経ははなはだしく痛めつけられており、かくのごとき弱者の迷妄はふりすてなければなるまい。
 土曜の夜は眠ることもできず、将来のことも顧みずに灯をつけてしまった。電力が空気や食糧より先につきはてるのは腹だたしいかぎりである。吾輩は安楽死についての考えを想起して、自動拳銃をあらためてみた。明けがた近くに灯をつけたまま眠ったにちがいなく、昨日の午後に目を覚ますと、艦内は闇につつまれ、バッテリーのきれていることが判明した。何本ものマッチをつづけざまにすっては、わずかにもちこんでいた蝋燭《ろうそく》を既に使いつくしてしまった不用意さを、いかほど悔んだことであるか。
 あえて無駄にした最後のマッチが消えた後は、光もなしに息をこらして坐りこんだ。避けがたい死を思うにつけ、わが精神は以前の出来事をめまぐるしく思い返し、それまで意識にのぼることのなかったある印象、吾輩よりも脆弱《ぜいじゃく》で迷信深い者なら震えあがってしまうであろう印象を、ついに明るみに出した。岩の神殿にほどこされた彫刻のなかに顔大腸癌口服標靶藥容《かんばせ》は、水死した船員が海からもたらし、そして哀れなクレンツェが携えて海に身を投げだすことにあいなった、あの象牙細工の彫刻と、まさしく同一のものだったのである。
 吾輩はこの偶然の一致にいささか呆然《ぼうぜん》としたものの、怖気《おぞけ》立ったりはしなかった。奇妙なことや錯綜したものを性急に解き明かそうとして、素朴かつ単純に超自然の力をもちだすのは、浅学非才の者だけである。この偶然の一致は確かに不思議なものではあるが、吾輩は健全な理性の持主であるがゆえ、論理的なつながりのない事象を結びつけたり、ヴィクトリー号の撃沈から目下のおのれの窮地にいたるまでの破滅的な出来事を、いかなる怪異なやりかたでも関連づけたりすることはできなかった。さらに体を休める必要を感じたため、鎮静剤を服用して、いましばらくの睡眠を確保した。精神状態が夢に反映したのか、溺死《できし》する者たちの悲鳴が聞こえ、艦の舷窓に押しあてられる死者の顔が見えたような気がした。そしてそれら死者の顔のなかに、象牙細工を帯びた生ける若者の嘲笑《あ  


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2017年05月08日

期待しておる


いきなり話しを振られた博士。
 しかし特になんということもなくただ自然に、
「いや、ワシはこの呼び方気に入っておるよ」
『は、博士?!』
 そう答えた。慌てたのはやはりサトミの方だった。
「金目当てで接してくる企業の連中がワシをおだててくるよりも何倍も心地よい呼び名じゃ」
『そんなことおっしゃっても………』
 そうなのだ。
 博士はいわばサトミ達AIの生みの親。
 ゆえにそんな呼び方は許せないのかもしれない。
 誰であっても自分の肉親を、変態呼ばわりされて良い気がするはずないしな。
「それに親しんでくれているからそう呼んでここに来てくれるのじゃろう。今日だってワシの体調を気遣って来てくれておる」
『そ、そうですが………』
 あ、その言葉で思い出した。
「そうそう、博士。今からメシ作るから、キッチン借りてもいいよな?」
 俺の言葉に博士はうなずき、
「ああ、思う存分使ってくれ。上手いメシ、ぞ」
 そう言って、博士はそばにあった椅安利傳銷子に座り机に向かうのだった。
 途端に静かになる部屋。
 機械のウォンウォンという音だけが響く。
「さて、それじゃあキッチンに行くか」
 我ながらなんと説明くさい台詞と思いながらも、そんなことを口にしていた。
 静けさに耐えられなかった。
 最近感じてなかったこの静かさが、なぜかあの時を思い出させる。
 俺はいつも以上に饒舌になって色々独り言を言っていた。
 静けさは怖い。
 音がないのは耐えられない。
 ………そんな俺の心を知ってか知らずか、サトミはそれから料理が出来上がるまで一言もしゃべらなかった。
  


Posted by のために曲を作ってください at 12:41Comments(0)婚禮